お小夜伝説の黒髪神社、ご近所ポタリング

チョイとDAHON君でお隣集落までご近所ポタリングに行ってきました。お隣集落の名は「上代(うわだい)」。自宅からは歩いてもすぐなのですが、せっかくのポタだからわざと遠回りして楽しみました♪

上代には饒石黒髪神社( にぎしくろかみじんじゃ )という神社があり能登から越中五箇山に伝わる伝説の女性「お小夜」さんの黒髪が祭ってあると言われてます。

饒石黒髪神社(通称:黒髪神社)

田舎ではどこでも神社がありますよね?能登も例外ではなくたとえ数件しかない集落でも神社は必ず存在します。それは過疎化が進んで今現在数件になってしまったというのもありますが、もともと人が少ない集落でも神社は存在します。

すでに途絶えてしまった集落でも元々は神社が存在し、そんな場合でもご神体は近くの神社に合祀(ごうし:いくつかの神を合わせてまつること)されてます。そんなわけで「能登は人間の数より神様の数の方が多い」なんて言われることもあります^^;

黒髪神社がある上代も数件に減り、祭りは長い間中断されてましたが近年周辺(仁岸地区)の集落も参加して祭りは復活しました。お小夜さん所縁の神社だけに8月14日の夏祭りは「お小夜まつり」と呼ばれてます。

お小夜伝説のストーリーは地域によって違いがありますが、仁岸地区に伝わるお小夜伝説はお小夜と重蔵の悲恋物語。輪島にはお小夜さんと恋仲だった重蔵さん所縁の重蔵神社があります。

お小夜伝説

五箇山のお小夜伝説

お小夜伝説は五箇山と能登ではストーリーが違います。五箇山に伝わるお小夜伝説は・・・

お小夜は、輪島出身の遊女。元禄3年「加賀騒動」の首謀者・高崎半九郎ら4人と遊女20人が輪島(石川県)に流刑となりました。

しかしお小夜は輪島の出身だったため五箇山(上平)に流されました。流刑されたお小夜はですが、その身は流刑小屋ではなく土地の庄屋あずけとなり外出は自由にできたそうです。

美しくて芸達者なお小夜さんは村人たちに三味線や唄や踊りなどのの芸事を教えて、村人たちの憧れの的になるのに時間はかかりませんでした。

お小夜は、村の青年の吉間と恋仲となりいつしか彼の子を身ごもってしまいました。自由に行動できるとはいえお小夜は罪人の身。子を身ごもってることが藩にばれたりしたら吉間や村人に迷惑がかかります。

お小夜は悩み、結局庄川に身を投げて自ら一生を終えました。今現在もお小夜が投身した地にはお小夜を偲んで村人たちが建てた「お小夜塚」があります。

また毎年お小夜と吉間の出逢いの場であった女郎ケ池でお小夜祭りが行われています。

仁岸地区のお小夜伝説

江戸時代のこと、恋仲だった剱地(つるぎじ)村のお小夜と輪島の船乗りの重蔵。ある日重蔵は海で時化にあい命を落とします。

突然帰らぬ人となった重蔵を想い毎日泣き続けるお小夜はその悲しみを抑えることができず琴ヶ浜で
海に身を投げその一生を閉じました。

今でも琴ヶ浜は「泣き砂の浜」と呼ばれており踏みしめると「キュッキュッ」と鳴ります。それはお小夜の鳴き声と言われてます。

お小夜の自殺を哀れんだ村人はその霊を慰めるために海の見える場所に祠を建てました。ところが船が沖を通るたびに大時化になり船は遭難。

だから海の見えない場所、上代(うわだい)にお小夜の黒髪を祀る「黒髪神社」を建てと伝えられてます。

そういうお小夜さんの悲恋を想いながら黒髪神社にお参りすると気持ちが一味も二味も違ったものになります。

黒髪神社近くの風景・・・・

お小夜さんにこの小鳥のさえずりは聞こえてるのかな?