昔の人は親知らずをどうしていた?知られざる「歯抜き職人」の世界

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歯の治療の続きで歯科医院に行きました。

治療を受けながらふと思ったにが親知らず。今では抜いてしまうのが当たり前のような感じ。

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私も随分前に全て抜きました。歯医者さんや歯科医院が存在しなかった大昔はどうしていたのでしょうね?


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昔は親知らずを「抜かずに放置」が当たり前だった

現代では、親知らずが生えてくると歯医者で抜くのが一般的です。しかし、過去の人々はまったく違う対応をしていました。
古代から中世にかけては、「大人になってから生える特別な歯」として親知らずを特に問題視せず、抜かずに放置するか、自然に抜け落ちるのを待つのが普通でした。

当時は平均寿命も短く、そもそも親知らずが生える年齢まで生きる人が少なかったこともあり、トラブルが話題になることはあまりありませんでした。

また昔の人は現代人より顎が大きく、歯が生えるスペースも広かったため、親知らずが正常に生えて噛み合わせに役立つことも多く、「不要な歯」という扱いではなかったという点も大きな違いです。


江戸時代の日本では「我慢」か「職人に抜いてもらう」

江戸時代以前の日本では、歯科医療という専門分野が存在せず、虫歯や炎症が起きても「我慢する」か「自然に抜けるのを待つ」という選択が一般的でした。
しかし、どうしても痛みがひどい場合や膿んで腫れてしまった場合、登場するのが「歯抜き職人」と呼ばれる人たちです。


「歯抜き職人」とは?民間の“抜歯専門家”

町の技術者であり庶民の頼みの綱

歯抜き職人とは、正式な医療教育を受けていないにもかかわらず、歯を抜くことを専門にしていた民間の技術者です。
町や村に常駐している者もいれば、定期市や縁日などに現れて出張的に抜歯を行う者もいました。

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彼らは歯科医ではありませんが、「抜くことだけ」に特化した技術者として庶民の間で一定の信頼を集めていました。


市場でパフォーマンスも!歯抜き職人の仕事ぶり

歯抜き職人の多くは、刀鍛冶や大工のような道具の扱いに長けた人たちで、
金属製の鉗子やペンチのような器具を使って歯を抜いていました。なかには、麻縄で歯を縛って一気に引き抜く荒技を披露する者も。

また、市や祭りで人前で抜歯の実演を行うことも多く、パフォーマンスのような形で客を集める「大道芸的職人」も存在しました。
ヨーロッパでも同様に「tooth-drawer(歯抜き屋)」と呼ばれる大道芸的な抜歯師が活動しており、これは世界共通の文化と言えます。


麻酔も消毒もなし!命がけの抜歯

当然ながら、当時は麻酔も消毒もありません。歯を抜く行為は非常に痛みが強く、出血や感染症のリスクも高い危険な行為でした。
それでも、ひどい虫歯や膿による激痛を抱える人々にとって、歯抜き職人はまさに「最後の希望」だったのです。


歯科医学の登場で消えていった職業

19世紀以降、西洋の歯科医学が日本にも伝わり、「歯科医師」という専門職が誕生します。
虫歯や親知らずの治療が科学的・安全に行えるようになると、歯抜き職人は次第に姿を消していきました。

しかし、近代歯科の発達前夜まで、歯抜き職人は庶民の暮らしを支える欠かせない存在だったことは間違いありません。


まとめ:親知らずと共に生きてきた人類の歴史

現代のように「親知らず=抜くもの」と考えるのは、歯科医学が進歩したごく最近のことです。
昔の人々は、親知らずを自然の一部として受け入れ、痛みが出ても民間の技術者に頼るしかなかったのです。

今では当たり前の抜歯も、かつては命がけの「一大イベント」でした。歯の治療ひとつとっても、人類の生活と技術の進歩を物語る歴史が刻まれているのです。