道の駅「すずなり」の「スズ弁」、のと鉄道能登線「珠洲駅」

道の駅「すずなり」

「すずなり」は能登半島最北端の珠洲市にある道の駅。2010年4月3日開駅でバスターミナルならびにタクシーのりばが併設されてます。

道の駅なので駐車場、トイレ、売店、情報コーナーがあります。

スズ弁

売店のすずなり館では「スズ弁」なるものが販売されてました。

珠洲市では地元食材と伝統料理を味わっていただくために「スズ弁」の開発を行ってるそうで、アンケートの答えれば880円のスズ弁が500円で食べられるとのこと。

その場でアンケートに答えるのかと思いきやゆっくり味わっていただいてからハガキのアンケートに回答して投函してほしいとのこと。

ナルホドネ。その場で食べてアンケートに回答じゃチョイとイヤなところだけど、それならばOKということで女房殿共々購入。

場所を少し離れた海沿いに移動してスズ弁なるものあけてみるとご丁寧にも「おしながき」が同封されてます。で、その内容はイラスト付きで・・・

★のとヒカリ、コシヒカリのブレンド米のおにぎり+梅干し
★古代米のおにぎり
★かじめと油揚げの甘味噌煮
★いもだこ
★かぼちゃのオイル焼き
★卵焼き柚餡焼き
★オクラの肉挟み揚げ
★原木しいたけ「のと115」の天ぷら
★野菜の素揚げ
★チキンのハーブ焼き
★金時煮豆
★山ふきの山椒煮
★桜つぼ漬け

なんという品数の多さ!蓋を開けてみても食材がびっしり。確かに手ごたえある重さでしたけどネ。

イヤ、もうこれは大満足でした。これで880円なら「買い!」です。アンケートにはもちろん回答して質問項目のほとんどに高評価をつけさせてもらいました^^

ところですずなりは道の駅なんですが、もともとはのと鉄道能登線の珠洲駅でした。

だからすずなり館の横にあるプラットホームはかつては本当に鉄道の駅だったのですよね。

今も鉄道時代の名残でホーム前だけ線路が残されてます。

のと鉄道能登線の歴史

珠洲駅のあるのと鉄道能登線は1959年に国鉄能登線として穴水 – 蛸島で開業。その後乗客減が続き国鉄再建法により廃線の方針が示されました。

しかし石川県は能登振興のために鉄道は必要とのことから1987年に第三セクター「のと鉄道」を設立。「のと鉄道能登線」として1988年に穴水駅 – 蛸島駅間を開業。

その後赤字増大、利用者減少により2005年に廃線となりました。能登線の他に穴水 – 輪島を結ぶ七尾線が存在したのですが2001年に廃線。

のと鉄道能登線に対する個人的な思い

私が能登に移住したのが2000年の暮れだから、こちらに越して来てスグに廃線となったのです。

廃線当時は「へ~廃線になるンだ」という程度で特に深く考えず^^; 何しろ私は能登の生活に馴染む前の悪戦苦闘の時期だっただけにネ(^^)ゞ

しかしに穴水 – 輪島を結ぶ七尾線が廃線になってからしばらくして「乗っておけばよかったナァ」と後悔。「でも能登線があるからまぁいいか」と思ってました。

穴水と蛸島を結ぶ能登線はコレといった根拠も無く存続し続けると勝手に思い込んでいたのです。

ところが2004年に能登線の廃止が正式に決定。乗らなきゃ後悔するぞ!と、思いつつも月日が流れ、いよいよ廃線になる二日前に最初で最後ののと鉄道能登線乗車。

通学時間帯の乗車と言うこともあったのですが珠洲市内の高校の通う通学客の多さは驚きでした。通学利用者が多いことは前から聞いてました。

全国の鉄道ファンや撮り鉄もきてたので普段より乗客は多いのですが、その人たちを差し引いても通学客の多さは想像以上でした。

のと鉄道能登線、廃線後・・・

廃線後はバスによる振り替えが行われると聞いてましたが、大丈夫なのか心配になったほどです。

案の定珠洲市内の高校へ向かう学生も混雑の激しいバスでの通学を強いられているとのことです。

そして逆コースもしかりで珠洲市内から能登線利用して七尾の高校に通っていた学生は下宿を余儀なく強いられてるとのこと。

このような運転免許取得前の高校生はもちろん、車の運転がおぼつかなくなった高齢者も困ってることでしょう。

世の中は高齢者に対して免許証の自主返納を促してますが能登線沿線の住民に限らず公共の交通機関が乏しい奥能登地域では免許の返納は死活問題。

能登線の地元沿線住民も廃線となったことについて「もっと強く反対してればよかった」と大変後悔してるようです。

復活を望んでも線路の大部分が撤去された現在において、復活の可能性は限りなくゼロでほぼありえません。

鉄道が無理としても自家用車がなければ出かけることもままならい奥能登全体の交通機関が少しでも充実することを願うばかりです。

2018-10-08

道の駅すずなり周辺MAP